2007年11月09日

ムサビ日記

ムサビ日記
武蔵野美術出版局
¥1,260 (税込)

文字通り、ムサビ=武蔵野美術大学の学生の日記である。「ブログのまとめ本」 といった内容で、一人での学生ではなく、大勢のムサビの学生の日記をまとめた所が特徴である。現役のムサビ学生数人を捕まえて、この本の事を聞いてみたら、「知らない」という学生が多いので、無理やり読ませてみたが、自分の学校の学生があまり読まない というのは、考えてみれば当たり前の話。 実は、この本は、美大ってどんな所か? 美大生てどんなノリ? という疑問を抱えている大人、美大受験生の為の本なのだろう。美大生が読まなければいけけない本は、実は、「社会人の礼儀作法」 とか、「今日の金融システム」のような書籍なのだ。
 音楽分野では、「のだめカンタービレ」のコミック、アニメが人気があり、音大生が何をしているか? が、誇張はあろうがある程度は伝わってくる。 池田理代子先生の永遠の少女マンガでピアノコミックである「オルフェウスの窓」のような世界では、アート学生はロマンティックで現実感を喪失した、少女マンガの格好の素材であったのだが、現代は美大・音大はそれほど特殊な分野というわけでもなくなったきた。
 その一方、美大系コミック・アニメには、名作「ハチミツとクローバー」が存在する。。音大コミック「のだめ」が、音楽家というアーティストになる成長過程をラブコミ的味わいも入れながら展開させる「音楽家成長物語的面白さ」 と、「音大てどんなトコ?という興味」の重層構造コミックであるとすると、「ハチクロ」は美大が舞台の純粋大学ラブコミであり、美大世界の理解読本には遠い点はは残念でならない。「のだめ」タイトルのアニメに出て来るクラシック曲を集めたCDは人気があって、従来とは異なる層にクラッシックブームを引き起こしていたが、「ハチクロ」に登場する美術作品集が出たり、美術ファンが増えたという話は出てこない。ハチクロのアニメ版の舞台背景が武蔵野美術大学となっている点は興味がそそられる方もいると思うが、それ以上というわけではない。ムサビの学生に聞いてみると、「ロールケーキ」は誰も食べていないし、学内で売ってもいない・・とかなり冷めた返事を貰った。でも、そういう君達もハチクロのハグとロールケーキは知ってるんじゃないか。実は読んではいる事が露見・・・・。「ハチクロ」映画版は東京芸大が背景として登場していたが、あのアニメの雰囲気からすると、小平の武蔵野美大のほうが適切そうには思えた。TVドラマ版が準備中とのことで、どこのキャンパスが舞台になるかは多少興味深い。ここいら辺りの情報は、ムサビの学生からの話なので、結局、彼らも美大マンガとしてウオッチはしているという事だ。
話は逸れるが、実は筆者は幾つかの美術大学の非常勤講師をさせて頂いた事があり、仕事関係の方から「武蔵野美術大学と武蔵野音楽大学は同じ大学グループなんでしょ?」と聞かれる事が時々ある。上野の東京藝術大学が、音校と美術の2つにわかれ、道路を挟んで向かい合っているのを見ると、武蔵野美大と音大というそれは非常に自然な理解で、以前は違うことを解説していたのだけど、最近は多少面倒になり、冗談交じりに、「実は同じです」 と言ってみたりする。「多摩美とルーツが同じで、近くにある音大は、国立音大」 という方が実際には理解されにくいのだ。武蔵野にある美術と音楽の総合大学的に見えてしまう所が、コミック・アニメ・ドラマ等の舞台としては合っているのかもしれない。
リリー・フランキー「東京タワー」の舞台にも武蔵野美術大学は主人公在学校として登場し、最近は何かと舞台になる武蔵野美術大学ではあるが、美大生の生活実態は知られにくい。美大はアーチスト志望者ばかりなので、派手と思われがちなのだが、実際はそうでもない。デザイン系は「オサレな都会出身者」ばかりというわけでは無い。これは、あくまでの私個人の印象で、実際に調査した結果ではないが、ムサビは地方から上京している学生の比率が高いような印象があって、時として、地方で純粋無垢に育って暮らした女子学生 という雰囲気の世界遺産クラスの学生に遭遇する事がある。(思いこみかもしれませんが)。例えば、ムサビ学生で、島根出身の仲良しの同じ学科の女子学生2人組、何と、同じ町内、同じ小学校、中学校、高校、で仲良しで美術が好きなので一緒に同じ大学へ という感動的な友達がいたりするのもムサビならではか?と思ったこともあった。
(地方都市の場合は、同じ地域に中学、高校が一つしかないケースも多く、、小学校から一緒という事は不思議ではないのだと、後から教えてくれた人がいるが)
 ムサビ日記はムサビコムに書かれた27人のブログ一年分から146件をまとめたもので、学生の学科、学年の幅は広い。4月から3月までなので、「入学したて」 から 「就職活動から卒業」までの軌跡も終えるようになっている。本の前書きには、実際にはロマンチックじゃない日常との断り書きもあるが、ある意味で、大変に普通な大学生日記だ。武蔵野美術大学 通称「ムサビ」出身者にはやや変わった著述家も多く、関係者に聞いた話によると、学生自身もそれは意識しているようで、なにか物書き的な仕事にも非常に関心が深いらしい。そのようなわけで、ブログを書いているムサビ生検索サイトで調べてみると、かなりの数が存在しているが、この日記本は、非公式のムサビ公認ブログ「ムサビ・コム」の集大成といった成り立ちで。当然、書いてる学生のほうも、読まれる日記 は意識しているので、どこまで本音がでているのか? 美大生的に、こんな感じに見られたい、あるいは見られたくない演出とかのファクターもあるので、その辺をどう読むかでムサビ生への理解は変わってくるだろう。
案外、「ムサビ・コム」以外で、独自の作成しているムサビ生のブログサイトのユニークな物も、まとめて見ると面白いかもしれないと思った。
日記の書き手として美大生を見た場合、 美大生が(おそらく同じ芸術系の音大生も)が通常の大学生と異なっていることがあるとしたら、それは、「日常的に自分が美大生であることを考えないではいられない存在である。」という事だと思われる。
 例え、自分が意識しなくとも、周囲からは、美大=当然絵は上手なはず=美術には詳しいはず と見られ、そういう期待値もあるので、絶えず意識しなければいけない事になってしまう。
 そいう目で見てみると、ムサビ日記は案外普通な日記なのだ。燃えるような制作欲と自分の実力の軋轢とか、ドラマチックなテーマが書かれているわけではない。あまり普通じゃなくていてほしい という期待値は当然ある。 そういう期待値に答えるサービス精神は多少あっても良さそうだ。美大生といえども、当然、現代の若者気風ということが良くみえる。
 実は昔から美大生の日常は案外地味なものである。遊ぶ時間は少ない。これは、工学部と同じく、実験の代わりに制作があり、制作しないと卒業できない・・・という事から来ていて、コツコツ地道な作業は続くし、オシャレもあまり出来ない。美大生のオシャレは、おおよそ専攻の学科によって決定され、ガテンな現場系・たとえば彫刻から始まり、あまり手を汚さないで済む、メディア系になると、オシャレ係数が上がるという印象である。一説よると、専攻学部学科の名称に「情報」の文字が入っていると、ガテン度は低いという。
 典型的な美大生の悩み というのが幾つかあるのが、日記にはあまりストレートには書かれてなくて、裏の雰囲気で理解するという読み方になる。
たとえば、美大で受験科目に実技がある学科に合格する学生は、多くは、高校時代は、「かなり絵はうまい」といわれ、「美術部のエース」であったりする。それぞれの高校で、相当できる学生が受験デッサン塾で鍛え上げられ、入学試験を突破する。新入学の美大1年生は、それぞれ、地元の高校では、「自分はデッサンは相当できる」と思ってたが、入学してみると、周りの学生は自分と同等、あるいはそれ以上にできるやつばかり。デッサン描けて当たり前の世界・という状態。 ある意味で、これが最初に乗り越えなくてはいけない心のハードルかもしれない。厳しく鍛えられた美大受験予備校の同期の絆な大変強いようで、受験塾の臍の緒を切るというのも、新入学シーズンの心の儀式の一つであろう。まあ、そんな事が入学早々にはあるわけなのだが、それを読み解くのも面白いかもしれない。
 また、ムサビ日記には余りかかれていなくて残念であったが、美大の中の実技が希薄な新設学科の学生の考えというのは是非読んでみたかった。美術系の大学の場合、通常の大学では目にしないような学科が多い。一体なにをしているんだろう?という疑問も多いのではないだろうか。 また、最近、どこの大学でも、時代の波への対応ということか、情報系学科の新設が多く、そのような学科は当然な事ながら、デッサン、スケッチ等の実技系の入学試験は無いのが実態といえる。しかしながら、入学してしまえば美大生という事になるので、当然、世間の目というか、社会の目は、「スケッチはさらさら描ける」と見ていてくれる。絵とかお上手なんでしょ? とか、さーっとスケッチ描いてもらえるよね と言われても、実は、あうでこうで とかなの説明をして、期待を裏切らなくてはいけない。美大生は絵が上手 という概念そのものが古くて間違いなのか、あるいは、実技系ではない美大生もいる という理解をしない周りが間違いなのかは、別問題としてあるのだが、理解してもらうのには多少の苦労が必要であろう。
 これは、学内の学科間の学生意識の在り方としても知りたいところで、油・日本画・彫刻の学生は、情報系の学生をどう理解しているのか? その逆に、非アナログアート実技系の情報系の学生が、実技系学生をどうとらえているかといいう意識の問題である。
多少、シリアスな点と言えるが、こういう本音を少し聞いてみたいと思うのだ。
 27人日記で色々なキャラクターでバラエティーに富んでいるとは言うものの、構成的には多少読みづらいのは気になった。本の形式は、日別に日記の作者が変わる編集で、狙いは理解できるが、書く人が日毎に良く変わるのは正直な話、読みづらい。それぞれの人のハンドル名、キャラ等、27人もいたら覚え嫌れないので、連続した流れの中ので理解が出来なくなってしまうのだ。学科別に一人の人を一年の要所を抑えた日記群にしたほうが良いと思うのが私だけではないと思うが。
美大生の実態というのは、自分が美大に通った、あるいは、自分の兄弟、子供が美大生 という条件でないと、なかなか理解はしにくいと思う。そういう意味で、このムサビ日記は、美大に通わせようかどうか迷っている保護者の方にも最適なのではないかと感じられた。
なにしろ、びっくりするほど、地味で真面目なんですから。美術大学は、受験が終わってもノンビリできない大学の一つであることは間違い。場合によっては、体力、生活力も付きます。そういう事を教えられる本の一冊。




posted by artlogger at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍
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